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今日は1日家にいた。
家にはいつものように子供2人と
いつものように、
個々に自分のことをして過ごす
“他愛もない1日”
一緒にいるけど1人で過ごす。
そんな1日
いつも通り
ふいに誰かがトランプをしようと言った。
自分のしてたことをいったん中断して集まる3人
大盛り上がり
いつも同じ感じ
いつもと一緒
今までずっとこんな感じで寄り添っている。
また、離れる。
1人はもう寝ている。
そんな感じ
大好きな1日
ひまわりのように過ごそう
いつも上を向いていても
決していばっているのではなく
ひたむきで
いつも黄色の花びらを大きく広げていても
決して派手ではなく
素直で
いつも高くそびえていても
決して背伸びをしているのではなく
まっすぐで
そんなあなたのように
私も生きていこう
家族4人がきちんと揃っての
お正月
そして、お決まりのカウントダウン
でも、いつもと少し違っていたのは
4人が心を合わせて
おんなじ気持ちで叫ぶことができたことかな
おんなじ笑顔を出せました
よかった
今年もこのメンバーで行きましょう
きっと楽しくなるね
民家を縫うように流れる水辺
そんな水辺を家の中に引き込んで暮らす人々
その水で顔を洗い
その水で野菜を冷やし
その水で仕込んだ魚を洗う
すぐそばには鯉が泳ぐその水辺
とんびがピューヒョロロと鳴き
かえるが花火をじっと見ている
その風景
なつかしい
似たような絵の中で私も育った
のんびりしているようで
決して楽なことばかりではない
自然の厳しさを感じながらも
受け入れて強く生きる人々と水辺の生物たち
そこには決してなくしてはならない
心のふるさとがある
昨日、positiveなメンバーに加わって会の運営にあたった。
年2回行われる会で、土曜日、日曜日がつぶれるのでそれなりに負担なのだが、行ったあとにはいつも「行ってよかった」という感覚が残る。
昔から「類は友を呼ぶ」というが
まさにその通り
Positiveな環境でいると一人negativeなままいることが極めて恥ずかしくなる。
また、その考え方に必ずといっていいほど諭される。
逆にいえば、negativeな中にどっぷりつかっているとnegativeな考えに支配され、骨の髄までnegativeになる。
考えてみればあたりまえのことだが
昨日、それを痛切に感じてしまった。
それだけ最近の私の置かれている環境がnegativeな集団の集まりになりつつあるということかもしれない。
Positiveな仲間の中に自らが入っていく。
それが大切なことかもしれない。